Posted on July 02, 2010 by koga
気配という言葉は
なかなか英語に置き換えることが難しい
日本語の一つであるようだが
ウィキペキアには
はっきりとは見えないが
何となく漠然と感じられる様子と訳があり
senseでも良いではないかと
僕は
そんな気もするのだが
続けて
これは、五感により読み取るを含んだ「感じる」
という意味であるため
何となく感じられるという意味での気配という語には
相当しないらしい。
まあ、何を言いたいかといえば
この気配を感じる力こそ
本来
私たちが持っていた力であり
今一番欠けているもの
そして、今一番必要とされているものではないかと、
根拠はないのだが、周囲の様子から
何となく感じとれるということである。
僕にその力があるかはどうかは
未来だけが知ることだが
何か新しく楽しいことが起こりそうな
気配を最近感じている。
Posted on June 17, 2010 by koga
暇は、実に贅沢な時間である。
とにかく、何にも縛られないのだから、
これほど有意義なことはない。
暇が出来るというのは
空っぽが出来るということなのだから
これは、じっくり大切にしたいものである。
Less is more.
減らすことは、ある意味増やすことである。
増えることである。
わたしは、そんな大切な暇を潰そうなどとは思わない。
勿体ない話しである。
暇潰しに映画など絶対に行かない。
暇潰しに演劇など絶対に行かない。
映画も演劇も読書も、暇潰しではなく
日常のごく当たり前の行為であって
その時間を暇とは呼びたくない。
ぽっかり、或いは意識して削除したことで出来る
暇は、何をしようということではなく
暇であることを、自然体で楽しむ。
感性の穴を目一杯開放にして
流れてくるもの、巡るものを楽しむことにしている。
うつらうつらも、実に贅沢だ。
ぼんやり車窓の流れる風景を眺めるのもおつだ。
暇潰しに、つぶやいたり、ネットサーフィンをしようなどとは思わない。
繋がっていないことの方が、暇は新しい感覚を与えてくれる。
繋がっていないこと、それこそが暇の正しい姿なのだと思う。
そんな時、不思議な位、新しい発想が湧いてくる。

Posted on June 15, 2010 by koga
「俺は、天才だ!」
少なくとも、
僕はそんな思い込みはしないが
思い込むことは、時として
勇気とパワーをもたらし
思い込むことで
自分を奮い立たせたり
思い込ませることで
他人をその気にさせたりすることは出来る。
そう意味では、
思い込むことは
時として重要だ。
僕も、鏡の前で
自分を映し出して
「よし、いけるぜ!」
何がいけるのかはよく分からないが
何かを始めるときは
根拠もなく、思い込むことで
自分をポジティブな方向に向かわせたりする。
問題は、勘違いである。
思い込みと勘違いは
微妙に、いや全く以て、その意味合いは違う。
この勘違いは曲者である。
ただただ、信じ込んでしまうから
始末が悪い。
間違って思い込んでしまう。
これを正すのは、難しい。
自分の内面を映し出す
鏡でもあればいいのだが。
もっとも、普通の鏡でも映し出されているのだが
勘違いが甚だしくなればなるほど
気がつかないものなのだ。
鏡だけは、その哀れな結末を知っているのかもしれない。
ずっと、映し続け、そして見つめ続けてきたのだから。

Posted on June 08, 2010 by koga
歩くスピードが早いとか
歩く姿勢が良いとか
人からよく言われるが
これは、お褒めの言葉として
素直に受け止めて良いのか
もう少しゆっくり歩いてくれない
というお願いが入っているのか
そんなことはお構いなく
僕は早く、いや
あくまでも自分のペースで歩き続ける
かと思いきや
突然止まったり、しばらく動かないでいるので
後を一生懸命ついてきた人は
ずいぶん戸惑いながらも
ああ、これでやっと一息
と思っているうちにまた
僕は自分のペースで突然歩き始めるので
友はすっかりリズムを崩し
疲れも溜まり、徐々に機嫌も悪くなり
そんなに急いでも意味ないじゃないですか
なんて言い始めるが
僕は別段急いでいるわけではなく
あくまでも自分にとって心地よいリズムを
維持しているだけで
つまりは、我が儘ということになるのですが
このスピードと姿勢が
街の風景や人々の動き、光と影の変化を
スキャンするに一番最適
すれ違う人は分かっているが
僕の目は、上に下に、右に左に
キョロキョロ動いている
一定の姿勢を保ちながら。
Posted on May 18, 2010 by koga
よくあることだが
人は思い込むと
周りが見えなくなるばかりか
自己を正当化しはじめ
急に涙流すかと思えば
突然攻撃的になったり
迷路に入ってしまい
抜け出せなくなるようだが
物事を切り取る行為や
企てる行為も
これに似て
思い込みが強くなると
本当に狭い視野でしか
捉えられなくなり
本人は
どうだ!やった〜!
と、有頂天なのだが
周りからしてみれば
それは単なる狭い視野
全体が見えていないじゃん
ということになるようだ。
写真でも、風景や心象を撮る場合
全体像が見えていないと、切り取れない。

人は思い込むと
周りが見えなくなるばかりか
自己を正当化しはじめ
急に涙流すかと思えば
突然攻撃的になったり
迷路に入ってしまい
抜け出せなくなるようだが
物事を切り取る行為や
企てる行為も
これに似て
思い込みが強くなると
本当に狭い視野でしか
捉えられなくなり
本人は
どうだ!やった〜!
と、有頂天なのだが
周りからしてみれば
それは単なる狭い視野
全体が見えていないじゃん
ということになるようだ。
写真でも、風景や心象を撮る場合
全体像が見えていないと、切り取れない。

Posted on May 02, 2010 by koga
災いも福も
本当に突然やってきては
僕たちを困らせたり
戸惑わせたりするのであるが
考えてみれば
それは
こちらの心の持ちよう
つまりは勝手な都合で
それは
吉にも凶にも変えることができて
人から見れば
とんだ災難であっても
こちらからすると
いやいや
そんなことはなくて
むしろ
思いがけない
天からのギフトであったりする。
アイスランドの火山灰と風向きの影響で
イタリア滞在が1週間延びた。
おかげさまで
いつもとは違う時間の表情と美味しい料理、ワインを
たっぷりといただけたのである。
本当に突然やってきては
僕たちを困らせたり
戸惑わせたりするのであるが
考えてみれば
それは
こちらの心の持ちよう
つまりは勝手な都合で
それは
吉にも凶にも変えることができて
人から見れば
とんだ災難であっても
こちらからすると
いやいや
そんなことはなくて
むしろ
思いがけない
天からのギフトであったりする。
アイスランドの火山灰と風向きの影響で
イタリア滞在が1週間延びた。
おかげさまで
いつもとは違う時間の表情と美味しい料理、ワインを
たっぷりといただけたのである。
Posted on April 08, 2010 by koga
咲いた、咲いた、桜が咲いた。
散った、散った、桜が散った。
冬にグッドバイ、
春にハロー。
別れがあるから、出会いもある。
出会いがあれば、いつか別れもある。
あぁ、儚きかな人生。
それが、また愉し。
もうすぐ大好きな夏がやってくる。
散った、散った、桜が散った。
冬にグッドバイ、
春にハロー。
別れがあるから、出会いもある。
出会いがあれば、いつか別れもある。
あぁ、儚きかな人生。
それが、また愉し。
もうすぐ大好きな夏がやってくる。
Posted on April 02, 2010 by koga
普段、花に興味のない人も
何故か、
桜、桜と、この時期になると騒ぎ始める。
花見で一杯、単に飲む理由を
探しているだけなのか。
いや、そうでもないようだ。
日本人にとって
桜とは特別なもののようだ。
日本人の精神
と言っても、
DNAこそ、かろうじて残っているかもしれないが
遠い昔の武士道精神の象徴として
桜は詠まれる。
もののあはれ
命短き、桜の花の散り際にこそ美しさを感じる。
儚きものへの美学。
桜を眺めながら、ふと日本人について考えてみたくなった。
何故か、
桜、桜と、この時期になると騒ぎ始める。
花見で一杯、単に飲む理由を
探しているだけなのか。
いや、そうでもないようだ。
日本人にとって
桜とは特別なもののようだ。
日本人の精神
と言っても、
DNAこそ、かろうじて残っているかもしれないが
遠い昔の武士道精神の象徴として
桜は詠まれる。
もののあはれ
命短き、桜の花の散り際にこそ美しさを感じる。
儚きものへの美学。
桜を眺めながら、ふと日本人について考えてみたくなった。
Posted on March 31, 2010 by koga
「雪が深すぎて、冬場はスキーが出来ない。」
ぬくぬく育ちの僕には
全く想像がつかないことだ。
山形県月山、ここは春夏スキーで有名なところである。
シーズンは4月〜がスタートである。
志津温泉には10軒の宿がある。
4月からの半年が1年の稼ぎと聞く。
ところが、最近は地球温暖化のせいか
雪も少なく、春夏スキーの期間が短くなっているらしい。
これは、大変だということで
深い雪を利用して「雪旅籠の灯り」というイベントが
始まった。これによって、2月、3月も宿は開業し始め
人も集まるようになった。
このイベントは、地元の人々と学生達が一体となって
企画運営されている。
深すぎる雪というマイナス要因を上手くプラス要因に変えた
良い例だ。
それにしても、僕から見れば3メートルの雪は
充分すぎるほどであるが
数年前までは5メートルはあったと聞くと
改めて地球環境の変化に驚かざる得ない。

ぬくぬく育ちの僕には
全く想像がつかないことだ。
山形県月山、ここは春夏スキーで有名なところである。
シーズンは4月〜がスタートである。
志津温泉には10軒の宿がある。
4月からの半年が1年の稼ぎと聞く。
ところが、最近は地球温暖化のせいか
雪も少なく、春夏スキーの期間が短くなっているらしい。
これは、大変だということで
深い雪を利用して「雪旅籠の灯り」というイベントが
始まった。これによって、2月、3月も宿は開業し始め
人も集まるようになった。
このイベントは、地元の人々と学生達が一体となって
企画運営されている。
深すぎる雪というマイナス要因を上手くプラス要因に変えた
良い例だ。
それにしても、僕から見れば3メートルの雪は
充分すぎるほどであるが
数年前までは5メートルはあったと聞くと
改めて地球環境の変化に驚かざる得ない。

Posted on March 29, 2010 by koga
昔話は
あまり好きではないのですが
近頃
少し前の時間を思い出し
記録しておくことが
とても大切なことではないか
などと、この年になって思い始めた。
いや、年をとるということが、こういうコトなのかもしれないが。
まあ、本当のことを言うと
僕の若き友人からのお叱りがきっかけだ。
「何故、今までやってきたことを記録し、伝えないのですか。」
「そんな大したことしてきていないし.....」
ということで、このBlogも過去の引き出しを開けながら
この春から、少し頑張ります。
2009年12月 最高−10 最低気温−16度
突然使命感に駆られ、フィンランド、ヘルシンキに行ってきました。
取材目的はフィンランド教育と木製品のデザイン。
このお話は、別の機会に。
強烈に印象深く残った言葉をお一つ。
「根本的価値観を変えないと、メソッドだけ取り入れても何も変わりませんよ。」

あまり好きではないのですが
近頃
少し前の時間を思い出し
記録しておくことが
とても大切なことではないか
などと、この年になって思い始めた。
いや、年をとるということが、こういうコトなのかもしれないが。
まあ、本当のことを言うと
僕の若き友人からのお叱りがきっかけだ。
「何故、今までやってきたことを記録し、伝えないのですか。」
「そんな大したことしてきていないし.....」
ということで、このBlogも過去の引き出しを開けながら
この春から、少し頑張ります。
2009年12月 最高−10 最低気温−16度
突然使命感に駆られ、フィンランド、ヘルシンキに行ってきました。
取材目的はフィンランド教育と木製品のデザイン。
このお話は、別の機会に。
強烈に印象深く残った言葉をお一つ。
「根本的価値観を変えないと、メソッドだけ取り入れても何も変わりませんよ。」
